おやじは荒野をめざす【カナダ編】

30年間続けた塾を閉じ、私は北極海をめざす旅に出た。物好きオヤジの旅の記録が教え子たちへの課外授業となってくれることを願って、このブログを綴る。

(27) カナダ東部への旅

 カナダに来て最初のうちは一日、二日と日数を数えるような毎日だったけど、あっという間に過ぎた。でもここらで一息つこうと思って、一時帰国した。普通に帰るんじゃつまんないから、カナダ東部とアメリカに寄り道してね。

 

 カナダではどんなものにも英語とフランス語の二か国語表記なんだ。なんて膨大な無駄をしてんだろう、国民投票でどっちか一つにしちゃえばいいのになんて以前は乱暴に考えていけど、やはり、それなりの理由、歴史ってものがあるんだよね。ビクトリアからバンクーバーにフェリーで渡り、オタワまでは飛行機、オタワからケベックは、前から乗りたいと思ってた大陸横断鉄道。日本の鉄道はホームと列車の入口が同じ高さだけど、こちらはホームが線路と同じ高さのところにあるから、簡単な階段を数段登らないと列車に入れない。映画なんかでよく目にしたんだけど、一回、あの階段を経験して見たかったんだ。

 車内の会話は英語とフランス語が半々くらいだろうか。英語だって大変なのにフランス語なんて、、、私は一人、窓の景色を眺めるしかなかった。雪がどんどん激しくなって、吹雪と言っていいくらいになった。ホワイトアウトっていうのはこういうものなんだろうな、なんて考えているうちに、列車はオタワ駅に滑り込んだ。サンタクロースがどこから出て来てもおかしくないような住宅街を抜けて、タクシーがホテルに到着した。だいぶ冷え込んでるな。零下の街で迷子になるのはちょっと勘弁だから、その夜はホテル近くのレストランでメキシコ料理を食べた。雪はこんこんと降り続き人出もまばら。ガラス越しに見るネオンサインが滲んで、これが氷点下の世界か。それにしても料理とフィットしてないなと思いながら、大きめのチキンを三つも平げた。次の日は朝から晴れ渡り、夜になると気温はさらに下がった。国会議事堂の近くの温度計は氷点下20度。私が体験する最低気温だ。

  約束の10時になっても、迎えの車は来なかった。私の英語が正確に伝わらなかった可能性もあると30分待った。カナダ人の時間感覚はこんなものなのかと思い、さらに30分我慢した。1時間過ぎて腹が立って来た。紹介してくれたホテルの受付に文句を言って、12時になってようやく迎えがやって来た。この2時間をどうしてくれるんだと、英語で文句を言うつもりだったが、開口一番、ソウリーと言われて戦意が失せた。氷と水が半々のセントローレンス川沿いを車は付かず離れず走り続ける。雪に覆われたエイブラハム大平原は天と地の区別もあやふやだ。ちっぽけな人間の一時の苛立ちなんてどーでもいいって教えるように。

 ヒュッ、ヒューイ、ヒュッ、ヒューイ。雪原に軽やかに響き渡るマッシャー(犬ぞりのドライバーだね)の声のほかに聞こえるのは、そりが雪面を滑る音とアラスカ犬の息遣いだけだ。普通は数台の犬ぞりが数珠繋がりで滑るのに、時間がずれたおかげで、爽快な単独走行になってしまった。「お客さん、あんたはラッキーだよ。午前中は渋滞のノロノロ運転だったんだから」。ソリを操るのは地元の高校生(?)の女の子。見るからに健康で、犬と犬ぞりが大好きなケベック娘だ。「お客さん、もしよかったら、マッシャーやってみる?手綱持って、『右に』、『左に』、『止まるな』って言うだけだから」。私がマッシャーになっても、犬たちはなんの文句も言わずに走り続ける。犬にとっては、走ること自体が喜びなのかもしれない。「次のカーブは急だから、十分に体を傾けて」、「小枝がせり出してるから体をかがめて」。ケベック娘の好リードのおかげで、私の即席マッシャーは無事、ソリを元のロッジにたどり着かせることができた。「お客さんも犬好きみたいだから、私のお気に入りを紹介してあげるよ」って言って、彼女は一番可愛いワンコ、最も尊敬するワンコを、ざっと200頭はいる犬の間を縫って紹介してくれた。

f:id:ilovewell0913:20190323130717j:plain
f:id:ilovewell0913:20190604041919j:plain
f:id:ilovewell0913:20190323130739j:plain
f:id:ilovewell0913:20190604052308j:plain
街中で遭難しちゃシャレにもなんないけど、酔っ払ったらやりかねないよ、氷点下20度ならね / ケベック娘の声が雪原に響き渡り、ワンコは喜びとともにソリを引く。「私、このワンコ一番リスペクトしてます。目が見えないのに頑張り屋なんです」って恋人を紹介するみたいに言うんだ。

 遅刻のおかげでスペシャルな犬ぞり体験ができ、私は大々満足だった。でも、支払いの段になっても、みんな「ノー、ノー」と言って受け取ろうとしない。マスターが「こっちの責任で待たせたからタダ」って決めちゃったらしい。おお、なんと太っ腹。でも、この楽しさがタダではあまりに申し訳ない。「んじゃ、チップならいいよね」って言って、チップ入れのビンに百ドル紙幣を入れて帰りの車に乗り込んだ。