おやじは荒野をめざす【カナダ編】

30年間続けた塾を閉じ、私は北極海をめざす旅に出た。物好きオヤジの旅の記録が教え子たちへの課外授業となってくれることを願って、このブログを綴る。

(15) ローランドの静かで心豊かな日々

 エドの友達に、50年前にドイツから移民としてカナダに来たローランドという人がいるんだ。以前は建築用の鉄鋼を扱う会社を経営していたらしい。多くのカナダ人みたいに大声でべらべらしゃべる事をしない。がっちりした体格で、だいぶ前にトライアスロンやってたらしい。82歳だけど70代前半くらいに見えるよ。エドとローランドは前から誘いあって、近くのエルク&ビーバーレイクというところで早朝散歩を続けている。で、私もその仲間に入れてもらって、何回か一緒に湖の周りを歩いたんだ。そしたら、このじいさん、やたら元気で、往復8キロの道のりを私と同じ歩調で2時間ちょいで歩く。トライアスロンは伊達じゃなかったね。エドは膝を悪くしていてMTB乗ってるから楽勝だ。エドこそダイエットを考えて歩いた方がいいと私は思うんだけどそれは言わない。MTBのサドルから大きくはみ出たエドのケツを見てると、何だか言うのが憚られるよ。

 凸凹のあるトレイルを私と同じペースで歩くローランドの体力も大したもんだけれど、森の中にひっそり佇むローランドの家がまた素晴らしい。スプルースというのかな、こちらの木材をふんだんに使い、前庭に面したガラス窓や大きな天窓からは北国の初夏の光が優しくふんだんに差し込んでいる。壁には世界を巡って集めた様々な装飾品やお面が飾られていて、私が興味深げに眺めていたら、遠い昔を懐かしむような穏やかな口調でローランドが1つ1つ説明してくれた。メキシコ、ニカラグア南アフリカインドネシアカンボジア、ドイツ、インド、チベット、中国、、、「お面たち、夜中にニヤニヤ笑ってるんじゃないですか」と尋ねたら、「かも知れないなあ」と全然意に介さない。ドンキーを二頭飼っていて「毎朝こいつらがブヒブヒ朝飯をねだるから、ローランドは早起きなんだよ」とエドが説明してくれた。

 ドンキー小屋の周りには作業用ピックアップトラック、小型トラクター、何に使うのか分からない機械の奥には、古びたキャンピングカーが骨を休めていた。アメリカ大陸を西に東に南に北に、家族とともに駆けまわったらしい。娘さんと一緒にMTBでサンフランシスコまで行ったり(本州くらいの距離の往復! )、オーストラリアの東海岸を旅したこともあるんだって。故国ドイツには毎年帰る。作業場を兼ねた薄暗いバーン(納屋のこと)には油のこびりついた工作機械、MTB、何やら訳のわからない、しかしそれなりに活躍したり、今も現役で役立っているかも知れないツール類に囲まれて、ワーゲンやフォードのオールドファッションモデルが3台、うっすら埃をかぶって眠っていた。会社を経営していた当時の羽振りの良さが感じられるけど、そんなことおくびにも出さないし、服装も質素というよりちょっとボロで、履きこなしたGパンに擦り切れ穴があったりしてる。色々見せてくれたのは、「キヨシが興味を持つんじゃないか、、、」ってエドが頼んでくれたんだと思う。自分から進んで自分を語るってこと、ローランドはしないと思うから。

 森の中のログハウスの主人は、寝たきりの妻と静かな日々を過ごしている。「もう、旅には出ないの?」と問うと、「もう、十分だよ」という風にゆっくり首を横に振った。散歩の後必ず出てくるオレンジジュースとドイツ風のちょっと硬めのパンケーキをご馳走になりながら、私は壁のお面を飽かず眺めていた。

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静かな早朝の湖の散歩と森の中のローランドの家。情熱を燃やし尽くした遠い日々があるからこそ、今の穏やかな毎日があるのだろう。