おやじは荒野をめざす【カナダ編】

30年間続けた塾を閉じ、私は北極海をめざす旅に出た。物好きオヤジの旅の記録が教え子たちへの課外授業となってくれることを願って、このブログを綴る。

(31) アメリカへの旅〈女神とミッキーの住む都〉

 観光名所というのは元々苦手なんだけど、これだけは見とこうと思ったのは「自由の女神」と「エンパイアステートビル」だった。

 地下鉄駅からフェリー乗り場まで歩く途中で、あのお馴染みの形と色のスタチューが海の上遠くに見えてきた。フェリーが動き出し、カモメが周りをせわしげに飛び交う。振り返ると、マンハッタンがなんだかこじんまりしてとしている。超高層ビルが林立し、土地の値段は世界で恐らく最も高いだろう。世界中から様々な肌の色の人間がアメリカンドリームを求めて蝟集する。名誉、権力、金、、、あまたの欲望が渦巻く、その中心が意外とこじんまり、可愛らしく見える。

 女神がいよいよ間近になる。雨上がりの抜けるような青空をバックにそびえ立つ女神は力強く、美しい。ワシントンで、私は博物館や公園を巡り、アメリカの戦争の歴史をたどってみた。主だったものだけでも、一次大戦、二次大戦、朝鮮戦争ベトナム戦争アフガニスタン湾岸戦争、、、アメリカはいつもどこかで戦争をしてる。そして、それぞれの戦争について、どんな戦いであったか、戦死者はどれくらいだったか。自国民は勿論、そこを訪れる外国人訪問者に対しても、はっきりと分かりやすく説明する。そして、高らかに宣言する「我々は自由のために戦ったのだ」と。女神の穢れのない顔と右腕で高く掲げられた松明。何の説明もないけれど、アメリカという国が最も重んじ、彼らの存立基盤と言える「自由」を形にして、ニューヨーク港の入り口、家で言ったら玄関先みたいなとこにドンと据えた。アメリカという国は自己主張が実にはっきりしている。そして「自由の女神」を見ていると、アメリカってのはつくづくセルフプロデュース(自分が何者であるかの自己紹介みたいなもの)の上手い国だなと思う。歴史が浅い移民の国である。奴隷制という暗い過去もある。経済がいくら巨大になっても、ヨーロッパに対してどこかで引け目を感じている。このまんまじゃいつまでたっても流れ者の寄り合い所帯じゃないか。みんなをまとめるものが欲しいな、なんて考えていた当時の為政者たちの頭の中にピカッと閃いたのが「自由」だ。短く簡潔、親しみやすく分かりやすい。肌の色が違っても、自由はだれにでも受け止めやすいはずだ。アメリカ独立の往時に想像をめぐらしながら、私は女神を巡る遊歩道を歩いた。

 

  エンパイアステートビルは、超高層ビルが集まるマンハッタンのど真ん中にあった。地下鉄を降りて地上に出ると、こちらもまた見慣れた造形がすぐに目に飛び込んできた。大勢の観光客に交じって行列に並び切符を購入。矢印の通りに通路を移動し、指定のエスカレーターで展望階にたどり着いた。高いところから遠くを見る。雲がだいぶ出て来たけれど、それなりに見えた。あと何十ドルか払えば最上階まで行けるみたいだけどやめといた。記念写真の有料サービスがあったけれど自撮りで十分。トイレだけ済ませて、私はそそくさとビルを後にした。エンパイアステートビルは有名だけど、単なるのっぽの商業施設、そんなところだった。これが建てられた百年前だったら大感動なんだろうけど、今はこれくらいの超高層は珍しくない。昔売れてた歌手が、名前だけで客を集めてライブやってるみたい。その割に入場料、高かったなあ。

 ビルの近くの歩行者天国でミッキーとミニーが観光客と肩組んで写真撮ってるのに出くわした。うちのカミさん、大のミッキーファンだからちょっと羨ましがらせてやろうと思って、私も肩組んで写真撮った。最初はミニー、そして次にミッキー。Thank you so much! と言って去ろうとしたら、ミッキーが手を出すじゃないか。えっ、何、これ?ミッキー野郎が前に立ちふさがり、なら、逆方向と思ったら、そこにはミニーババアがいる。Twenty! とか言っちゃって、ふざけるな!だよね。しかし仲間が集まるとやばいぞ。チキショーと思いつつ、私は20ドル札で厚くなった財布から5ドル札を1枚だけ素早く抜き出し、パッと渡して、サッと立ち去った。なんか文句言ってるようだけど、知るかってんだ、ムカつくぜ。

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自由の女神」に気おされてマンハッタンまでこじんまり、、、 / エンバイアステートビルはお上りさんだらけ / このミッキーが食わせ者だった。ニューヨークにはめられたって感じだな

 

 午前中は「自由」や「国家」についてあれこれ考えた。午後は高いところに上がれば遠いところまで見えるということを高い授業料を払って学び、ついでにチンピラに5ドル巻き上げられた。ああ、ここはアメリカ、ああ、ここはニューヨーク。いい体験になりました。

 

 

「おやじは荒野をめざす【カナダ編】」は今回で終了です。ちょっとだけ間をおいて「おやじは荒野をめざす【ユーコン・アラスカ編】」をお届けします。よろしく!

 

 

 

(30) アメリカへの旅〈美術館と黒人音楽〉

 アメリカは世界で一番の国、ま、色々な意味でだけどね。そして、ニューヨークは、アメリカの良いところと悪いところがごった煮になっている、そんな場所なんじゃないか。この世に生まれ、世界に興味があるのなら、好き嫌いは抜きにして、やっぱりニューヨークには行くべきだって、若い時からずっと思ってた。

 ニューヨークの美術館が素晴らしいことは、父親から何度も聞かされていた。「お前もぜひ行きなさい」なんて言われて、お金も時間もない時だったから、話聞くだけだったけど、やっと自分にもニューヨークの美術館を訪れるチャンスが巡ってきた。ほとんど不可能じゃないかって以前は思ってたんだけれど、人生、何があるか分かんないもんだねえ。MET(メトロポリタン美術館)がよかった。美術館てのはこうじゃなくちゃダメでしょとつくづく思った。何しろゴッホゴーギャン、モネ、ロートレックなど、美術の資料集に必ず出てくる大御所たちのこれまた超有名な絵が思う存分、しかも間近で鑑賞できるんだ。日本だと2時間並んで遠くからチラッと見れればいいくらいのが多いんだけど、こちらは惜しげも無く、バンバン、これでもかこれでもかっていうくらいなんだ。写真を撮ってもいいし、触ろうと思えば触れる距離なんだ。触ったら即係員が来てコテンパにされるんだろうけどね。みんな、和やかに、ゆったり気分で絵と向かい合い、心ゆくまで眺めている。これだけの絵を揃えたってのはアメリカの経済力に違いないけれど、この気前の良さ、これもまたアメリカならではなんだろうな。ゴッホの絵は、ゆらゆら揺れて鬼気迫るような息苦しくなるような絵が多いけど、年老いた農夫が畑の傍で孫をあやしている絵があって、まだゆらゆらする前の作品なんだけど、なんかホッとした。

 実は前の日にMOMA(近代美術館)にも行ってたんだけど、長旅の疲れが出て、会場のソファーで寝呆けてしまった。もしイビキかいていたら、ちょっとした「東洋の恥さらし」だよね。隣の部屋のモネさんにはマジ申し訳なかった。

 

  ニューヨークと言ったらジャズやロックだぜ。で、黒人ミュージックの殿堂と言われるアポロシアターに行って来た。マンハッタンから地下鉄に乗って、降り立った街はこれまでと違うのがすぐに分かった。お店の人、歩いてる人、ほとんどが黒人なんだ。一瞬身構えたけど、シアターまで10分も歩かないうちに緊張が解けて、気がついたら、CDを並べた露店の黒人おばさんと話してた。「あんた、こういう音楽好きなのかい?」、「好きだから来たんだよ。お薦めはあるの?」。おばさん、あーじゃこーじゃ言いながら5枚選んでくれた。10ドルしなかったと思う。みんな違法ダビングなんだろうけどね。アポロシアターは私以外全員黒人だった、多分。音楽が始まると、みんな熱くなって、リズムに合わせ体を揺らし共に歌う。私の隣にはいかにもという黒人ファッションに身を包んだ長身の黒人青年が彼女と一緒に来てた。脚の長さがまたすごかった。私の二倍あるんちゃうか、、、みたいなね。曲が始まると立ち上がって、全身を動かして音楽と一体化する。長い手が時たまこちらにバーンと飛んでくるから、あれが顔に当たったら痛いじゃすまないぜ。私も生の黒人音楽に聴き入ろうとしたんだけど、なんと言ったらいいんだろう、それは一種の宗教儀式のように感じられるんだ。距離がある。隣の黒人青年と同じにはなれないって、そのことがいつも頭の中にあった。

 ちょっと大きめの地下鉄の駅には必ずと言っていいほどストリートミュージシャンがいた。ストリートじゃなくて、サブウェイミュージシャンと言った方がいいかもしれないけどね。キャロルキングの「ナチュラル・ウーマン」をシャウトするオバハンがいたり、巨体を揺すってブルースを歌い上げるジジイがいたりして、もう、最高。感動のあまりCDも買って、帰りの地下鉄で手にした件のCDに目を留めたホームレス(っぽく見えたよ、私には。アメリカのホームレスは地下鉄にも普通に乗るし)が「お前、あのオヤジのCD買ったのか」、はあ。「いいセンスしてんじゃねえか」、あざす。「俺はあのオヤジのダチでさ、だから俺も嬉しいぜ、、、」

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ゴッホの前でパチリ。日本じゃ考えられません / アンディー・ウォーホールって人の代表作なんだけど、うーむ、私には分かりません / 二階席から見るアポロ劇場のステージ。みんな踊り出して、建物古いから大丈夫なのって気もした / 地下鉄のブルースじじい。日本にこれだけ歌える人いない。マジ本物

 ニューヨークはいろいろなもの、人種、文化、言語、料理、宗教、ビジネス、がごった返していた。高くそびえる摩天楼の真下を走る地下鉄の中に、まるで東京の下町の人情みたいのがあるようにね。

 

 

 

 

 

(29) アメリカへの旅〈二人のジョン〉

 アメリカほど戦争をしている国はないだろう。第二次世界大戦以降の大きなものに限ってみても、朝鮮半島ベトナムペルシャ湾岸、アフガニスタンイラク、、、アメリカは圧倒的な兵器・兵力を惜しみなく投入するけど、どんなに軍事的優位に立とうとも、戦死者は必ず出る。だから、戦争で命を落とした人たちを、国を挙げて弔う。

 ワシントン郊外のアーリントン墓地は、そんな戦死者が眠るところだ。同時多発テロで攻撃されたペンタゴン(米国防総省)は厳重な警備だったけど、アーリントンはあっけないほど簡単に私を迎え入れてくれた。同じ形と大きさの墓がどこまでも整然と並んでいる。墓標の表には名前・生年月日・軍隊の位・没年月日・享年などが記されていたけど、妻と思しき名前が裏面に刻まれているのもあった。全てを見たわけじゃないけど、アメリカの国是である「自由と民主主義」をそのまま形にしたような墓だった。

 アーリントン墓地の一角にはジョン・F・ケネディが妻ジャクリーンと共に眠っていた。流石にそこだけは他と別区画だったけれど、ひっそりと慎ましやかに眠っていた。ケネディは、二次大戦以降のアメリカで最も人気があったと言われる大統領で、いよいよこれから大きな仕事をするって世界中が思ってる最中に暗殺されてしまった。あまりにも悲劇的だし、世界中が驚き悲しんだ。そんな彼の有名な言葉に「国があなたのために何をしてくれるかを問うのではなく、あなたが国のために何をなすことができるのかを問うてほしい」ってのがある。「国を頼ってばかりいないで、おい、国のために何ができるか、考えろよ」。すごい言葉だよね。この言葉の出てきた冷戦(冷戦が何だか、中3以上の子は知ってるよね。忘れてたら社会の資料集だな)真っ只中という歴史的な状況、当時の活力と苦悩に満ちたアメリカの息遣いみたいなものが聞こえてくるような気がする。

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ペンタゴンまで案内してくれたジェニファーはモデル体型で腰が私の胸辺り?これで三人子供がいるって、そこだけは俺と同じ / 上から見ると五角形のペンタゴン。画面に入りきらない / 整然と並ぶ兵士の墓標 / 左がジョン・F・ケネディ、右は奥さんのジャクリーン/ アメリカはやたら戦争してるから、ワシントンは戦跡記念のモニュメントだらけ / 日本についてもはっきり述べてるところがアメリ

 ニューヨークのマンハッタンのど真ん中にあるセントラルパーク、そこにもう一人のジョンの歌碑がある。何年か前の英語の教科書に「イマジン」ていう曲の歌詞が載ってたの、覚えている人いるかな。「国のない世界を想像してごらん、、、」という言葉から始まるこの曲を書いたのがジョン・レノンビートルズっていう、ポップ音楽史上で最高のバンドのリーダーだった人だ。半世紀前、世界中で若者が平和を叫んでバリケードを築き、それまでは本の中に眠っていた「革命」という言葉が飛び交った。「伝統や権威がどれだけ自由を奪ってきたか考えてみろ」、「政府も大学も全部嘘っぱちだからぶっ飛ばせ」、「新しいものを築くためにぶっ壊せ」、、、暴力的で刹那的な若者の声が世の中に響き渡った。アメリカでも、フランスでも、日本でも、若者は暴れまくった。そんな時代に、ジョンは自由を叫び、語るような口調で愛と平和への願いを込めて「イマジン」を歌い上げたんだ。

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ジョンのモニュメントがある一帯はストロベリーフィールズって呼ばれてる。子供の時によく遊びに行った孤児院裏の空き地の名前だ。イマジンの碑の周りは朝から人気が途切れない。ジョンとヨーコが住んでいたダコタアパート。この門の前でジョンはピストルで撃たれた。子育てに夢中で幸せの絶頂期だったと思う。

 一人のジョンは大金持ちの息子でアメリカ東部エスタブリッシュメント出身。冷戦、そしてベトナム戦争の時代のアメリカの若きリーダーだった。そしてもう一人のジョンはイギリスの地方都市リバプール出身で、反戦を唱え愛と平和に生きようとした若者のリーダー。幼い頃に母親に捨てられている。体制と反体制、生い立ち、生き方は正反対の二人のジョンが、凶弾によって人生を瞬時に止められたってのは、なんて言ったらいいんだろう、あまりにもアメリカ的、それ以上言いようがないみたいに感じている。

 

 

 

(28) アメリカへの旅〈青春の彷徨〉

 

 

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透明感のあるハーモニーに不安とせつなさが交錯する青春の詩。

 現代アメリカの文化を特徴付ける三つの要素を上げるとすれば、「ジャズやロック、ミュージカルなどの大衆音楽」、「大リーグ、バスケ、アメラグなどのビジネス化されたスポーツ」、そして「ウーマンリブやヒッピームーブメント、最近のミートゥーなどの大衆的な社会運動」じゃないかな。どれもエネルギーに満ちていて、これは西部開拓時代のフロンティアスピリットに由来するのかも知れない。で、今回取り上げるのは音楽。サイモン&ガーファンクルという一昔前のフォークデュオの残した「アメリカ」という曲だ。ちょっと長いけど、歌詞とその訳(私のヘボ訳だけどね)を以下に示す。

 

"Let us be lovers, we'll marry our fortunes together"  僕たち、付き合わないかい、いつか結婚することも考えて

"I've got some real estate here in my bag"  バッグには少しだけどお金もあるんだぜ

So we bought a pack of cigarettes and Mrs. Wagner's pies  そして、タバコとワグナーさんのパイを買って、僕たちは旅に出たんだ

And walked off to look for America  アメリカを探す旅に出たんだ

"Cathy," I said as we boarded a Greyhound in Pittsburgh  「キャシー」、僕はピッツバーグでグレイハウンドに乗る時に言ったものさ

"Michigan seems like a dream to me now"  「今となっては、ミシガンは夢のようなとこだったね」

It took me four days to hitchhike from Saginaw  サギノーから4日かけてやって来たんだ

I've come to look for America  アメリカを探すためにね

 

Laughing on the bus,  バスの中では顔を見合わせて笑ったりゲームをしたり

Playing games with the faces

She said the man in the gabardine suit was a spy  「ギャバジンスーツのあの男はスパイよ」と彼女は言って

I said "Be careful, his bowtie is really a camera"  「注意しなくちゃ。あの蝶ネクタイはまずカメラだな」と僕が言う

 

"Toss me a cigarette, I think there's one in my raincoat"  「タバコを取ってくれ、レインコートの中にあると思う」

"We smoked the last one an hour ago"  「一時間前に最後の一本、吸っちゃったでしょ」

So I looked at the scenery, she read her magazine  そうだったか。僕は窓の景色を眺め、彼女は雑誌を読んだ

And the moon rose over an open field  広々とした原野にはお月様が昇っていた

 

"Cathy, I'm lost" I said, though I knew she was sleeping  「キャシー、僕は何にも分からなくなってしまったんだ」

And I'm empty and aching and I don't know why  「虚しくて、隙間風がピューピュー吹いて、どうしてなんだろう?」

Counting the cars on the New Jersey Turnpike  彼女の寝顔に僕は声をかけた。ニュージャージーの有料道路を走る車の数を数えながら

They've all come to look for America  あいつらもみんなアメリカを探しているのかな

All come to look for America  みんな、探しているんだな

All come to look for America  アメリカをね

 

 カナダからの一時帰国の折、私は短いアメリカ旅行をした。ワシントンではホワイトハウスやアーリントン墓地、ペンタゴン、ボストンでは美術館やジャズのライブハウスなどを巡り、そして最後はニューヨークだ。本当はもっと若い時に行きたかった。でも、自分なりにアメリカを感じるために、アメリカを探すために、ニューヨークにはグレイハウンドのバスで入ったんだ。今じゃタバコは吸わないしパイも買わなかったけれどね。

 

 

 

(27) カナダ東部への旅

 カナダに来て最初のうちは一日、二日と日数を数えるような毎日だったけど、あっという間に過ぎた。でもここらで一息つこうと思って、一時帰国した。普通に帰るんじゃつまんないから、カナダ東部とアメリカに寄り道してね。

 

 カナダではどんなものにも英語とフランス語の二か国語表記なんだ。なんて膨大な無駄をしてんだろう、国民投票でどっちか一つにしちゃえばいいのになんて以前は乱暴に考えていけど、やはり、それなりの理由、歴史ってものがあるんだよね。ビクトリアからバンクーバーにフェリーで渡り、オタワまでは飛行機、オタワからケベックは、前から乗りたいと思ってた大陸横断鉄道。日本の鉄道はホームと列車の入口が同じ高さだけど、こちらはホームが線路と同じ高さのところにあるから、簡単な階段を数段登らないと列車に入れない。映画なんかでよく目にしたんだけど、一回、あの階段を経験して見たかったんだ。

 車内の会話は英語とフランス語が半々くらいだろうか。英語だって大変なのにフランス語なんて、、、私は一人、窓の景色を眺めるしかなかった。雪がどんどん激しくなって、吹雪と言っていいくらいになった。ホワイトアウトっていうのはこういうものなんだろうな、なんて考えているうちに、列車はオタワ駅に滑り込んだ。サンタクロースがどこから出て来てもおかしくないような住宅街を抜けて、タクシーがホテルに到着した。だいぶ冷え込んでるな。零下の街で迷子になるのはちょっと勘弁だから、その夜はホテル近くのレストランでメキシコ料理を食べた。雪はこんこんと降り続き人出もまばら。ガラス越しに見るネオンサインが滲んで、これが氷点下の世界か。それにしても料理とフィットしてないなと思いながら、大きめのチキンを三つも平げた。次の日は朝から晴れ渡り、夜になると気温はさらに下がった。国会議事堂の近くの温度計は氷点下20度。私が体験する最低気温だ。

  約束の10時になっても、迎えの車は来なかった。私の英語が正確に伝わらなかった可能性もあると30分待った。カナダ人の時間感覚はこんなものなのかと思い、さらに30分我慢した。1時間過ぎて腹が立って来た。紹介してくれたホテルの受付に文句を言って、12時になってようやく迎えがやって来た。この2時間をどうしてくれるんだと、英語で文句を言うつもりだったが、開口一番、ソウリーと言われて戦意が失せた。氷と水が半々のセントローレンス川沿いを車は付かず離れず走り続ける。雪に覆われたエイブラハム大平原は天と地の区別もあやふやだ。ちっぽけな人間の一時の苛立ちなんてどーでもいいって教えるように。

 ヒュッ、ヒューイ、ヒュッ、ヒューイ。雪原に軽やかに響き渡るマッシャー(犬ぞりのドライバーだね)の声のほかに聞こえるのは、そりが雪面を滑る音とアラスカ犬の息遣いだけだ。普通は数台の犬ぞりが数珠繋がりで滑るのに、時間がずれたおかげで、爽快な単独走行になってしまった。「お客さん、あんたはラッキーだよ。午前中は渋滞のノロノロ運転だったんだから」。ソリを操るのは地元の高校生(?)の女の子。見るからに健康で、犬と犬ぞりが大好きなケベック娘だ。「お客さん、もしよかったら、マッシャーやってみる?手綱持って、『右に』、『左に』、『止まるな』って言うだけだから」。私がマッシャーになっても、犬たちはなんの文句も言わずに走り続ける。犬にとっては、走ること自体が喜びなのかもしれない。「次のカーブは急だから、十分に体を傾けて」、「小枝がせり出してるから体をかがめて」。ケベック娘の好リードのおかげで、私の即席マッシャーは無事、ソリを元のロッジにたどり着かせることができた。「お客さんも犬好きみたいだから、私のお気に入りを紹介してあげるよ」って言って、彼女は一番可愛いワンコ、最も尊敬するワンコを、ざっと200頭はいる犬の間を縫って紹介してくれた。

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街中で遭難しちゃシャレにもなんないけど、酔っ払ったらやりかねないよ、氷点下20度ならね / ケベック娘の声が雪原に響き渡り、ワンコは喜びとともにソリを引く。「私、このワンコ一番リスペクトしてます。目が見えないのに頑張り屋なんです」って恋人を紹介するみたいに言うんだ。

 遅刻のおかげでスペシャルな犬ぞり体験ができ、私は大々満足だった。でも、支払いの段になっても、みんな「ノー、ノー」と言って受け取ろうとしない。マスターが「こっちの責任で待たせたからタダ」って決めちゃったらしい。おお、なんと太っ腹。でも、この楽しさがタダではあまりに申し訳ない。「んじゃ、チップならいいよね」って言って、チップ入れのビンに百ドル紙幣を入れて帰りの車に乗り込んだ。
 

(26) バンクーバー島北部への旅〈漂流物〉

 オオカミの砂浜では、実はもう一つのトンデモナイモノに出くわしていたんだ。

 

 誰もいない砂浜をあてどなく歩いて、大きな流木のところで一休み。海藻やら貝殻やらがあちこち目につくけどゴミは全然ない。そうだよなあ。アラスカも間近のここまで来て、ゴミが目につくようなら地球もおしまい、、、なんて考えながら、流木の後ろに変なものがあるのに気づいた。プラスチック製の、あれはパレットと言うのかな。工場や市場などで物を運ぶとき、荷物を上に載せ、フォークリフトのアームを下に差し込んで運搬するやつ、あれがあるんだ。気になって近近づいてみると、、、表裏が逆になって少し砂に埋もれて、表面も角も海水に洗われてすり減っているその側面の文字を見て驚いた。はっきりと漢字で「南三陸市場」とあるじゃないか。

 最初、私は、見てはいけないものを目にしてしまったような思いに囚われた。このパレットは、津波に襲われるちょっと前まで、南三陸町の市場で当たり前のようにその役割を果たしていたに違いない。誰かがフォークリフトを操り、このパレットで、恐らくは海から水揚げされたばかりの魚を運んでいたのだろう。フォークリフトの運転手は言うに及ばず、その時、その場にいた人々、ごく普通に声を掛け合いながら仕事をしていた人たち、その人たちの無念の思いが、この、古びて傷だらけのパレットに乗り移っているように感じられた。いかにも"打ち捨てられた"と言う言葉がふさわしいその姿が、人々の叫び声そのもののように感じられたんだ。

 黒潮に乗って運ばれて来たオートバイがバンクーバー島に流れ着き、地元の有志が修理してそれを日本に送り返したなんてことが話題になっていたと思い出したのは旅から戻った後だった。オートバイが流れて来るんだから、パレットが太平洋を渡って来ても、海流の働きを考えれば、それほど突拍子もないことではないのかもしれない。

 とてつもなく大きな地震だった。想像をはるかに超える津波だった。みんなも知っている通り、多くの人々のかけがえのない命が奪われた。この青いパレットは、それが紛れも無い事実であることを改めて突きつけている。そして、それと同時に、人間の力をはるかに超越し、人々を一瞬にして葬り去ったのと同じ自然が、波に揉まれてどんぶらこ、一枚の青いパレットを、故郷を離れて8千キロ、バンクーバー島の人気のない穏やかな浜に運び上げ、パレットは今こうして、ひっそりと砂に埋もれて佇んでいる。

 目の前の大海原のはるか向こうには確かに日本があるんだ。当たり前のことがありがたいような、はかないような、不思議な思いにしばらく囚われていた。

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(25) バンクーバー島北部への旅〈足跡〉

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 これ、何だか分かるかな。

 

 トレイルヘッド(登山口)に車を置いてサンジョセフベイという浜辺に向けて歩き出した矢先、「ここはオオカミがいる。各自、自己責任で気をつけるように、、、」なんて標識が出てきた。さすがカナダ、最果ての地なんて感動しつつ、マジッスカ、勘弁してくださいよ、、、の思いがにわかに沸き起きる。トレイルは鬱蒼とした森の中を進むが、道自体はよく整備されているし道標もしっかりしているから、道に迷うことはなさそうだ。でもね、やはり心細いよ。日本で山歩いてて何回かクマに遭遇したけれど、それの比じゃない。赤頭巾ちゃんはオオカミに騙されて一度は食われてしまうけど、あとでオオカミの腹から出てくるんだっけかな。現実のオオカミは勿論そんなに甘くない。数頭の群で獲物を襲う賢く残虐な獣。ああ、嫌だ、嫌だ。常に周りに気を配り、クマ鈴をジャラジャラいわせ、笛を吹き、もちろん腰にはクマスプレー装着だけど、気持ちが全然落ち着かない。そもそも、やばいのはオオカミだけじゃないんだ。ここにはクマもいる。ブラックベアと言って、日本のツキノワグマみたいなやつで、性格は比較的おとなしいなんて本には書いてあったけど、クマはクマだから、やはりあまり気持ちのいいものじゃないよ。時折立ち止まり、変な音がしないか、匂いは大丈夫か、確かめながらの前進だ。ああ、できることなら引き返したい、、、なんでオレ、いい歳こいてこんなことやってんだろう、、、あーじゃこーじゃ考えながら、でも不思議と足は止まらず、1時間ちょっとで木立の間から海が見えてきた。浜辺に出れば見晴らしがきく分、少なくとも森の中よりはマシってんで、さらにペースが速まる。

 森が途切れて、目の前に広々とした海が開けた。低い波が遠くでザブンと優しい音を立てる。とりあえず、砂浜全体を見渡してみる。大きめのイヌみたいのとか、黒い塊がどこかでもごもご動いていたりしないか、じっくり眺める。双眼鏡を取り出して、さらに細かくチェック。取り敢えずオオカミ、クマは大丈夫のようだ。おまけに、人の気配も、うむ、全くない。川の流れ出しの方になんとなく歩いて行ったら、「ん、なんだろ、これ?」って写メしたのが冒頭の写真だ。どう見てもこれって「あれ」じゃないか。クマのじゃないよな。誰かが大型犬の散歩に来たのかな、、、なんてあり得ない。近くに人家は全くないし、そもそもこの獣の足跡しかない。注意してみると、そこかしこ、縦横に足跡がある。1頭じゃない。2頭かそれ以上か。これ、やばいんじゃないか。双眼鏡で、もう一度遠いところまでチェックする。

 足跡が物語るものは何なのか、推理してみる。足跡は明らかに川の流れこみ周辺に多い。流れの中の獲物、例えば遡上するサーモンでも狙っていたのか。何か食べ物がないか、自分たちのテリトリーの定期的なパトロールのようなものなのか。群れというほど大きくない、恐らく2、3頭の小集団ではないか。もしかしたら、彼らは私が浜に出る前に私の存在をキャッチして、先に姿を消したのかも知れない。遠くのブッシュまで双眼鏡で入念にチェックするが、妙な気配は無いようだ。彼らが遠巻きに私を見て攻撃のタイミングを計っているという可能性はまずないだろうと判断した。冷静に分析したら、気持ちも落ち着いてきた。

 自分は今、カナダのウィルダネスに身をさらしている。だから、この状況はなるべくしてなったというか当たり前の事だろう。そもそも、これを求めて、ここまでやって来たのだ。と言うことは、この足跡は私が望んでいたものそのものじゃないのか、、、砂地に腰を下ろし、心地よい潮風をほおに受けながら、私はいつまでもそんなことを、時折あたりをキョロキョロ見渡しながら、取り止めもなく考えていた。

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バンクーバー島は"島"だからって、最初はちょっと舐めていたとこがあったんだけど、混じり気のない本物のウィルダネスを十二分に体感させられました。