(12) アレンじいさん〈その1〉
エドの家には色々なお客さんが来る。友人、知人、以前ステイしていた人、親戚などだけど、1ヶ月もしないうちに、私はそれらの客人をもてなすメンバーの一人になっていた。勉強が忙しかったり疲れているときは「なんでやねん、、、」と思うが、ホームステイというのは家族の一員のようにすることらしいし、これも異文化体験だ。余程のことがない限り参加し協力するようにした。
アレンじいさんはキャリアナのお父さんで92歳。以前は車の修理工をやっていたが、今はリタイヤして、86歳になる妻のジューンとひっそり二人暮らしだ。で、どういうわけか、私はアレンと気が合う。アレンは実に元気がいい。声もでかい。とても90代には見えない。下ネタが大好きで、クイズをすぐに仕掛けてくる。私が答えられないと「お前、そんなのも分からないのか。しょーがねーなぁ、答えはな、、、」てな感じ。逆に私が英語のトンチを出して、例えば「赤い顔して紙をパクパク食べるの、なーに?」とか「未亡人が海水浴に行きました。砂浜で食べるお弁当はなんですか?」なんてのだが、答えられないと実に悔しそうな顔をする。会って2回目くらいの時、アレンが「俺が船を出すから一緒に来ないか」と誘ってくれた。船ってどの程度のモノなんだろう。クルージング(cruising)と言わずにボーティング(boating)と言うところからして、井の頭公園の池のボートをちょっと大きくした程度のものなのかな。いくらなんでも動力はあるんだよなあ。何だかイメージが全然わかないが、折角だからこのお誘い、ありがたく受けることにした。
「Hey、キヨシ。どうだ、この海は。気持ちいいだろう。海ってのはな、広くて気持ちよくて自由なんだぞ」、「おい、キヨシ。わしはな、ここから見える景色が大好きなんだ。遠くまで見渡せるし、コーヒーは美味いし、最高だぜ!」。実際はエンジンの音がうるさくてアレンの声はよく聞こえなかった。でも、アレンの目を見れば、こんなことを言いたいんだと分かる。アレンは決して金持ちではない。体もだいぶガタがきていて、ゆっくりもたもた歩くのが精一杯だ。でも、気持ちがバリバリ若い。昔、日本の演歌に「ボロは着てても心の錦、、、」というのがあったが、まさにあれを地でいっている。自分は何が好きなのか、自分は何をしたいのか、自分にとって何が大切なのか、全て分かっている。それを実践している。「いくら言ってもアレンはお医者さんに行かないのよね」とキャリアナはこぼすが、アレンは命がけで自分の好きなことをやっている。最後の最後まで自分の人生を生き切ろうとしている、私にはそう思えてならないんだ。
おっと最後にトンチの答え。「郵便ポスト」(カナダでもポストは赤かった)と「サンドイッチ」(理由は自分で考えてみて)でした。
▶︎(13) アレンじいさん〈その2〉に続く