おやじは荒野をめざす【カナダ編】

30年間続けた塾を閉じ、私は北極海をめざす旅に出た。物好きオヤジの旅の記録が教え子たちへの課外授業となってくれることを願って、このブログを綴る。

(3) ハロー、エド&キャリアナ!

 最初の1週間はちょっとリッチなホテル住まいだったけれど、今日からは一般ピープルに戻らなくちゃいけない。なるべく余計なお金を使わないで、若い人たちと「同じ」とまでは言わなくとも「近い」条件で生活する、それが日本を出る前に私が決めたポリシーなんだ。だから、今日はホームステイ先に移動する。ホームステイはカナダ人と一緒に生活するんだから、彼らの日常が見えるし、食べ物、好み、考え方なども分かるだろう。毎日一緒だからしゃべる機会も自然と増える。つまり、楽チンかつ快適なホテルよりうんと勉強になるという訳だ。そもそも、私の目的は観光じゃない。英語の勉強は勿論だけどそれだけじゃなくて、外国の色々なものを見たり感じたりすること、つまり「異文化体験」、これが大事なんだな。私がしているのは「旅行」ではなく「旅」ってこと。分かりますか?

 100カナダドル(8,500円)で買った中古MTB(まるで鉄の塊!)を2時間こいで、やっとこさホームステイ先の家にたどり着き玄関ベルを鳴らした。頑固そうな親父とか口うるさいおばはんが出て来たらどうしよう。暑いし、ヘトヘトだし、ホテルは今夜までしかいられないし、どうしよう、どうしよう、、、10分したらこの家の主人エド・スコバーンさんと奥さんのキャリアナさんが出てきた。第一印象は「でかい!」。失礼ながら2人合わせて体重250キロくらいではないか。「ヨロシク」のハグをしたが、背中に腕が回らない。いや、そんなことはどうでもいい。それよりも、二人とも「典型的なカナダの白人」という感じで、異文化の香りがプンプンするし、そして何より(これが一番重要なのは言うまでもないが)、二人がとても親切そうなのでホッとした。これから半年、エドとキャリアナ、そして二人を取り巻く様々な人たちも交えた、ディープな生活が始まろうとしていた。

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インテリで何事にも正確なエドと世話好きなキャリアのおかげで快適な毎日が送れた。
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家も庭も広々してて窓からの景色もいい。キャリアナのベッドメーキン最高で、我が家のベッドよりも寝心地がよろしい。



(17) ジャック・ケルアック「オン・ザ・ロード」

 

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アメリカにも自分みたいのがいるんだ、、、と感じた青春の一冊。

 

 今の若者は本を読まないみたいだね。分かっちゃいねえな、、、と思うよ。

 

 アメリカの近現代文学ジャック・ケルアックという人が書いた「オン・ザ・ロード」という小説があって、邦題は「路上」。青春の迷いの真っ只中にあった私は、繊細で不安定かつ反抗心に満ちたこの小説にググッときた。今から50年近く前の話だけどね。学校の先生が急に嘘っぽく感じられたり、親の言うことに無性にムカついたり、そんなこと、君にもあるだろう? ムカついてゲームしてムカついたの忘れて、でもまたイラついてゲームして少しスッキリして、、、それでも構やしないけれど、自分と同じ事を感じてる奴が地球のどこかにいたら、そいつと話してみたいと思わないかい? 本の中では、君と同じ気持ちの子に出会ったり、色々教えてくれる先輩がいたり、こいつとなら駆け落ちしたっていいって思う異性にめぐり会ったりするんだよ。

 英語の基礎コースESLの授業で、担当の先生とひょんなことから文学についての話が始まり、私は思わずこの「オン・ザ・ロード」について語ってしまったんだ。「若い時は始終旅をしていたんだ。日本国中、ヒッチハイクでね。だから、この小説は、心理についてであろうと風景であろうと、やたら自分の感性にビビッときたんだ。最初の1ページ目から、何でも理解し合える昔からの友達と話してるような気分だったよ。言葉も食べ物も文化も全然違うのに、同じ気持ちを分かち合えるっての、面白いよね。ところで、ケルアックはカナダでは読まれているの? 人気あるのかなぁ? もう、亡くなってしまったんだろうね、、、」。好きなこと、興味のあることについて語る時、人は饒舌になる。まだ十分には使いこなせていない英語をしゃべる時だって同じさ。話したい気持ちが先走って、必死に振り絞った英語が後からついてくる感じ。例の壁なんかとっくに消えてる。先生が「ケルアックはだいぶ前に亡くなっているよ。ケルアックを読むと、なんて言うかな、旅に出たくなるよね。僕はバショーという人のオクノホソミチを読みたいんだけど、手頃な英訳本がないんだよ、、、」と答え、私は「そうか、確かにどちらも旅から生まれたってのは一緒だよね。でもオクノホソミチは俳句という日本独自の詩の形式が中心だから、英訳はちょっと無理かも知れないなあ。『ナツクサヤ、、、』って言われたって、ビクトリアの爽やかな気候じゃなくって、日本のうだるような暑さの夏、それじゃないと雰囲気伝わんないかもなあ。でも、日本は紀行文学というジャンルが結構盛んで、例えば『土佐日記』なんか読みやすいかもしれないよ、英訳本があればだけどね。作者はえーと、えーと、、、」と返した。

 日本とカナダ。遠く離れた異なる文化の中で育った者たちが同じものに出会い、共通のものを感じ、はたまた異なる感慨を抱く。この「共通」と「相違」の渾然一体=ミクスチャーが異文化体験の一つの醍醐味なんだな。

 

(2) トライからカナダへ、長くもあり短くもある旅路

 旅の準備が本格化したのは、梅雨真っ只中の6月後半になってからだった。トライ閉じるのが予想以上に手間取ったけど、何となくぐずぐずしている感じもあった。大きな楽しみの前にそれと真逆の「虚しさ」みたいの感じたことないかなぁ。そんな感じだったのかもしれない。普段の生活を抜け出すという不安が少しは関係しているんだろうけど、それだけじゃないし、不安そのものでもないんだ。これ分かる人、大変感受性豊かです!

 出発当日は朝から夏の日差しが照りつけてた。あのクソ暑い日本の夏がすぐそこまで来ているに違いない。家族に見送られて出発ゲートをくぐると、あとはオートマティカリ automatically に物事が進み、しんみりしている暇なんかない。例の虚しさなんて、とっくにどこかに消し飛んでいたよ。でも、何となく不思議な感じがする。現実感がないというか、自分のやってることをもう一人の自分が淡々と見ているみたいなね。

 眠たい目で窓の外を見たら、カナダのバンクーバーってところに到着したのが分かった。長いけれど短くもある10時間のフライト。自分はただ座っていただけなのに、ヒコーキは律儀に私の体を、太平洋を越えてカナダまで運んでくれた。当たり前のことがどことなくぼやけて感じられる。羽田を出たのが夕方6時でこちらに着いたのが同じ日の昼前ってのも頭を混乱させるしね。眠たい目をこすってバスとフェリーを乗り継ぎ、初夏の日が照りつけるバンクーバー島・ビクトリアに無事到着した。なーんだ、こっちも結構暑いな。

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ビクトリアは歴史を感じさせる自然豊かな町。「子育て」と「老後」にはうってつけ。

 

(1) 30年続けた塾を閉じる

  準備の大半は30年間続けて来た塾=トライ※を閉じることだった。心細い時もあったし、正直、よくもまあここまで持ったものだと妙に感心しているところもあるんだ。それから、心に引っかかることもね。30年やってると、ちょっと大げさな言い方だけど、一種の公共性みたいなものを帯びてきて、果たして私一人の考えだけでピリオドを打っていいんだろうかとか、せっかくここまで頑張ってきたのに、それが一瞬にして消えてしまう寂しさとかね。卒業生が訪ねてくる「場」がなくなるってのも辛いよね。すでに中年になった1期生から去年卒業したのまで、訪ねてくる卒業生の数は明らかに入会希望者の倍はいた。皆、ひょっこりやって来ては4つしかない教室(2つだと思ってる子が多いよね)を一巡りし、一様に「昔と変わってないですねぇ」と安心したように言って帰っていく。それだけのことなんだけど、だからこそ、その「場」がなくなってしまうのは卒業生も私もつまらないし残念だよ。「後を継がせてほしい」と申し出てくれる若者もいたよ。「途中で投げ出すのか、、、」って抗議するお母さんもいたんだ。

 それらのすべてを受け止め、経済・経営・知力・体力・時間などについてじっくり考えを巡らした上で、結局、スパッと閉じることにした。生徒たち、保護者、スタッフ、関係者に教室閉鎖を連絡し、半年の時間をかけて、塾を閉じたんだ。

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生徒からの手紙はトライの勲章、壁の落書きはトライの歴史

 「トライ 最後の四日間」と名打って教室を開放したら、懐かしい顔が続々とトライのドアをくぐってくれた。常々「トライは敷居のない塾」と言ってきたけど、最後にそれを改めて実感させられたね。メール、ライン、手紙、電話なんかもたくさん来たし、歴代のスタッフ有志が「"総"打ち上げ」をやってくれ、「トライ ラストキャンプ」が最後を締めた。トライにふさわしいエンディングだったな。

 トライは課外活動が多い塾だったと思う。スポーツ大会・トライ祭・卒コン・同窓会、そしてサマーキャンプ。いつも「勉強だけじゃつまらない」って思ってたんだ。そんなこと思い出していたら、ふと、最後の「課外授業」ってのが頭に浮かんだ。私の今後の活動、どこでどんなことやってるとか、どんなこと考えたとか、それらを皆に発信したら、何かの新しいプラスを生むかもしれない。興味無いわって人はそれはそれでいいんだけどね。去年の春、ツイッターとかフェイスブックとかやるよー、見てよーなんて言ってたけど、ちょっとやってみたら、自分が考えていたのはこれじゃないって思った。写真と短い文だけじゃ私には無理。表しきれないよ。この件につきましては、誠に申し訳ございませんでした。でも、それに代わるものとしてこのブログを始めることにした。えっ、またすぐ止めちゃうんじゃないの、、、なんて言わずに、ま、気長に見ててください。

 

※:私が約30年続けてきた塾の名前。テレビCMの「家庭教師の◯◯◯」とは無関係。(一般の方への説明)