おやじは荒野をめざす【カナダ編】

30年間続けた塾を閉じ、私は北極海をめざす旅に出た。物好きオヤジの旅の記録が教え子たちへの課外授業となってくれることを願って、このブログを綴る。

(25) バンクーバー島北部への旅〈足跡〉

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 これ、何だか分かるかな。

 

 トレイルヘッド(登山口)に車を置いてサンジョセフベイという浜辺に向けて歩き出した矢先、「ここはオオカミがいる。各自、自己責任で気をつけるように、、、」なんて標識が出てきた。さすがカナダ、最果ての地なんて感動しつつ、マジッスカ、勘弁してくださいよ、、、の思いがにわかに沸き起きる。トレイルは鬱蒼とした森の中を進むが、道自体はよく整備されているし道標もしっかりしているから、道に迷うことはなさそうだ。でもね、やはり心細いよ。日本で山歩いてて何回かクマに遭遇したけれど、それの比じゃない。赤頭巾ちゃんはオオカミに騙されて一度は食われてしまうけど、あとでオオカミの腹から出てくるんだっけかな。現実のオオカミは勿論そんなに甘くない。数頭の群で獲物を襲う賢く残虐な獣。ああ、嫌だ、嫌だ。常に周りに気を配り、クマ鈴をジャラジャラいわせ、笛を吹き、もちろん腰にはクマスプレー装着だけど、気持ちが全然落ち着かない。そもそも、やばいのはオオカミだけじゃないんだ。ここにはクマもいる。ブラックベアと言って、日本のツキノワグマみたいなやつで、性格は比較的おとなしいなんて本には書いてあったけど、クマはクマだから、やはりあまり気持ちのいいものじゃないよ。時折立ち止まり、変な音がしないか、匂いは大丈夫か、確かめながらの前進だ。ああ、できることなら引き返したい、、、なんでオレ、いい歳こいてこんなことやってんだろう、、、あーじゃこーじゃ考えながら、でも不思議と足は止まらず、1時間ちょっとで木立の間から海が見えてきた。浜辺に出れば見晴らしがきく分、少なくとも森の中よりはマシってんで、さらにペースが速まる。

 森が途切れて、目の前に広々とした海が開けた。低い波が遠くでザブンと優しい音を立てる。とりあえず、砂浜全体を見渡してみる。大きめのイヌみたいのとか、黒い塊がどこかでもごもご動いていたりしないか、じっくり眺める。双眼鏡を取り出して、さらに細かくチェック。取り敢えずオオカミ、クマは大丈夫のようだ。おまけに、人の気配も、うむ、全くない。川の流れ出しの方になんとなく歩いて行ったら、「ん、なんだろ、これ?」って写メしたのが冒頭の写真だ。どう見てもこれって「あれ」じゃないか。クマのじゃないよな。誰かが大型犬の散歩に来たのかな、、、なんてあり得ない。近くに人家は全くないし、そもそもこの獣の足跡しかない。注意してみると、そこかしこ、縦横に足跡がある。1頭じゃない。2頭かそれ以上か。これ、やばいんじゃないか。双眼鏡で、もう一度遠いところまでチェックする。

 足跡が物語るものは何なのか、推理してみる。足跡は明らかに川の流れこみ周辺に多い。流れの中の獲物、例えば遡上するサーモンでも狙っていたのか。何か食べ物がないか、自分たちのテリトリーの定期的なパトロールのようなものなのか。群れというほど大きくない、恐らく2、3頭の小集団ではないか。もしかしたら、彼らは私が浜に出る前に私の存在をキャッチして、先に姿を消したのかも知れない。遠くのブッシュまで双眼鏡で入念にチェックするが、妙な気配は無いようだ。彼らが遠巻きに私を見て攻撃のタイミングを計っているという可能性はまずないだろうと判断した。冷静に分析したら、気持ちも落ち着いてきた。

 自分は今、カナダのウィルダネスに身をさらしている。だから、この状況はなるべくしてなったというか当たり前の事だろう。そもそも、これを求めて、ここまでやって来たのだ。と言うことは、この足跡は私が望んでいたものそのものじゃないのか、、、砂地に腰を下ろし、心地よい潮風をほおに受けながら、私はいつまでもそんなことを、時折あたりをキョロキョロ見渡しながら、取り止めもなく考えていた。

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バンクーバー島は"島"だからって、最初はちょっと舐めていたとこがあったんだけど、混じり気のない本物のウィルダネスを十二分に体感させられました。

(24) バンクーバー島北部への旅〈開拓時代〉

 基礎英語からIELTSクラスへ移行するときに上手く休みを作って、バンクーバー島北部への旅に出た。野生動物の危険の度合い、野宿、車の運転(こちらはキープライト)、トレイル(登山道)の状況、釣りなど、アラスカ行の予行演習も兼ねたものだった。

 バンクーバー島は東北地方と同じくらいの面積で、州都であるビクトリアはのどかで平和そのものだ。だけど北部は全然違う。一言で言うと「開拓地」だね。今から百年前の屯田兵が活躍した頃の北海道、そんな感じかもしれない。

●原野の行き止まり 私の場合、旅の移動手段はクルマが基本だ。クルマで行けるところまで行って、後は歩く。このやり方がここでも通用するか確かめなくちゃいけない。まずはスコット岬を目指すことにした。何も知らない土地で目的地を決めるのって、結構難しいんだ。スコット っていうのは、南極点に人類で初めて到達して、その後遭難した悲劇のイギリス人なんだ。地理の資料集に載ってるぞ、多分。その偉大な探検家の名前のついた岬なんだから、なんだか、やる気出てくるじゃないかって、これは私だけかな。その岬へのトレイルの入り口を目指して車で林道をどんどん進んだ。ハンドル操作を誤ったら一巻の終わりの大きな谷の上部の道を過ぎたあたりで薄暗くなり、小雨も降り出した。道はいよいよ狭く厳しくなって、クルマの通った跡もいつしか消えてしまった。道にせり出した小枝が、新車同然のレンタカーの側面を容赦無くこする。キズつくのは困るけど、"落下する"のは困るレベルの問題じゃない。キーキーコシコシ、キーキーコシコシ、神経を逆なでする音がなり続ける。もうやめろろ。ストップしろ、、、そこから500メートル進んだ地盤のしっかりした場所、ブッシュ以外には何にもない原野の真っ只中で、獣の気配にビクビクしながら、そして「なんでここまで突っ込んでしまったんだ」の自責の念に苛まれながら、不安な一夜を過ごす羽目になったのでした。

●最果ての町ホルバーグ この町より先に人家はない。町らしいものは、ガソリンも扱ってる雑貨屋と名も知れぬ酒場兼食堂の二軒だけだ。そのレストランは西部劇の喧嘩シーンが目の前であってもいかにもって感じの、開拓地唯一の憩いの店みたいな雰囲気で満ちている。こんな店、日本じゃ考えられません。で、感激したのがハンバーガー。開拓地だからろくな料理は出てこないって思ってたんだけど、分厚い肉がでっかいバーンからはみ出ていて、フライドポテトは皿からこぼれ落ちてる。口をでっかく開けてガブってかじりつき、肉汁ジュワー、サイコー。今まで食べたハンバーグのNo.1テイストでした。

●木材運搬トラックのおっさん 決して広くはない林道のカーブを、はみ出るような巨体を器用にくねらせて、木材運搬のトラックが曲がって来た。ディーゼルオイルと伐ったばかりの針葉樹の匂いがあたりに漂う。運転してる結構年配のおっさん、なんてかっこいい"男の仕事"をしているんだろう。なんだか楽しくなって手を振ったら、カーブの途中で巨体を停止させて、こちらに降りて来た。「大丈夫か?道に迷ってんじゃないのか?」。こっちは遊びでおっさんは仕事中というのに、私のことを案じてくれているんだ。「そうか。旅してるってわけか。釣りだったら町の手前の湖がいいぞ。俺はこんなにでっかいの、この前釣ったし」。顔中しわくちゃにして白い歯を出して笑う。あんたは開拓地に生きる男だな。開拓地では、人は協力し合わなくちゃいけない兄弟みたいなものなんだな。大自然の中の人情、Thank you so much!

 

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荒野の立ち往生。後で見ると全くどうってことないみたいだけど、見ず知らずの外国、一人、真っ暗闇、何が出るか分からない状況だと、、、/最高のハンバーガー。次の日は焼肉バーガーにしたら、そちらはまあまあだったけどね/突然のでっかいトラック登場。荒々しい自然の中で心じんわりの人情を感じることができた

 

(22) 頑張っている人たち

 いくら安全・のどかなビクトリアでも、日本を離れてウン年ともなると、人知れずタイヘンなこともあるはずだ。今回は、ビクトリアの町で奮闘努力して自分の道を切り拓いた、または切り拓きつつある若者+おじさん一人を紹介する。

マナ エドんとこに半年くらい先にホームステイしていて、私は後輩。日本では医療関係の仕事をしていたけど、何らかの事情で日本を後にした。何らかの事情の詳しいことは聞いてない。そういうのってあるんだよ、大人になるとね。ワーホリで頑張ってたんだけど、一旦日本に戻ってお金稼いで、数年後に再びこちらに来て、今度は本格的に仕事探して永住権を取るつもりらしい。さらっと書いたけど、これってすごいことだよ。人生の進み方が素晴らしい。現実と自分の考えを重ね合わせて、手探りして進むべき道を見つけている。自分は何のために生きているのか、自分の人生の意味は何なのかって考えるのはとっても大事なことだし、みんな考える。だけど、多くの人は、考えるだけ考えて、現実に揉まれて、日々に追われて、いつしか、忘れてしまう。でも、マナは違う。独自の判断基準を持ってる気がする。何だか"鉄の意志を持つ女"みたいにイメージしちゃうかも知れないけど、結構ドジなところもあって(これについても詳しくは述べないよ)、どこからこんなパワーが出てくるんだろうかって思う。マナは医療関係の仕事してたから、年寄りの扱いがうまい。私がもたもたしていると「キヨシさん、そこんとこ、こうしてください」ってピシッと言ってくるときがある、看護婦さんの感じでね。私も思わず「はい、分かりました」ってなってしまう。私は看護婦さんに弱いタイプだからね。マナと私は日本ではなかなかありえない不思議な関係だな。

アシュウィン ホームステイの先輩。誠実で働き者、良きパパであり夫、そして優秀なIT技術者(以前はヒューレットパッカードに勤めていた)。仕事が軌道に乗ったのを機に、インドのバンガロールから家族を呼び寄せ、念願のカナダ永住権も取得した(優秀な人優先らしい)。バス停までの正しい歩き方(安全のためには遠回り)、IELTSテスト対策の勉強(彼のスコアは8.0から8.5。レベル高すぎでスルーした)など、先輩として"有益な"アドバイスをしてくれた。"ショア、ショア"と"オーマイガー"が口癖で1日に一体何回言うんだろう。冷蔵庫の私のビールをコーラと間違えて危うく飲みそうになって(敬虔なヒンズー教徒だから、飲んだらどういう事態になっていたか、、、)、以来、エド家ではビールのことを"アシュウィンズコーク"と呼ぶようになった。

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マナにはいろいろお世話になりました。Hot Pot 美味かったね/アシュウィン は真面目なんだけどなんだか面白い人

ユイ 白人の中に入っても色白が目立つけど、やったら頑張り屋。グラマーのテストで60/60点取って、私も同じものに挑戦して、いや、ユイに挑戦してって言われて55点だった!高校時代は相模原辺りをホームグラウンドとして結構やんちゃしてたかもなんだけど、卒業して「はい、これからは真面目に、、、」(日本でよくあるパターンだよね)ってならずに、日本を飛び出して自分の力で道を探すってとこが偉いよ。今はSSLCでジュンコさんの補佐をしながら、ビクトリアの大学目指して頑張っている。カナディアンと結婚してて、国際結婚の大変さを聞いたこともあるけれど、大丈夫、ユイならしっかり乗り越えていけるよ。次のタイチとは幼馴染みのような、これまた滅多に無い不思議な関係だな。

タイチ フィジカルトレーナー目指して頑張ってる。ボディビルダーとは違うらしい。ガタイがいいから何やってるかすぐに分かるんだが、時々、言ってることが意味不明。英語と日本語、あるいは夢と現実の「混沌」があるのかもしれないけど、そこがまた若者らしぃ〜って感じだね。英語ペラペラなのは最低限のことで、そこまでだって十分すごいけど、フィジカルトレーニングの本場カナダで、そっち関係のビジネスを独立して始めようと考えているらしい。夢を持つだけでも一つの力なのに、それを実現しようと現実に努力を継続してるって、スゴクね!

マイ めっちゃ元気のいい子で元バレーボールの選手。トライの近くに練習場があって、堀之内界隈のこと知ってるのにはびっくりしたよ。どういうわけか、町のいろいろなところでよくばったり会うんだな。この前も昼休みにメキシコレストラン行ったら、新米にあれこれテキパキと指示を与えながら手際よくブリトー作っていた。目的を持って働いている凛々しい姿ととびっきりの笑顔に、こちらが励まされる気がしたよ。

 他にもたくさんの友達ができた。みんな楽しく親切、そして元気がいい。確固たる目標があるから毎日が充実している。「自分の心臓は自分のためにドックンドックンしている」ってことを知っている人たちだな。

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勘違いしてカッコつけてるユイ/慌てて机の上を整理するユイ、散らかってないのにね/タイチ、いかにも"いかにも"って感じだよね/若いっていうのは、やっぱ、それだけで財産だね、マイ

 

 

 

 

(20) 日本が失ったもの

 カナダに来て「あっ、こういうのいいな〜」ってのがいくつもある。昔の日本では多分珍しくなかったんだけど、今はもうなくなってしまった。日本は忙しい国だし、日本人はよく働く。働くのは大切なことだけれど、あくせくし過ぎてると私は思うんだ。便利で綺麗な「もの」は増えたけれど、心のゆとり、そういうものがいつの間にか、そして、多分だいぶ前に消えてしまった。

 ビクトリアでは、バスを降りるときにほとんどの人がバスドライバーに "Thank you." って言うんだ。大人は勿論だけれど、生意気盛りの中学生や高校生も "Thank you." って言う。ちょっとヤンキーっぽいのとか、ヒッピーみたいなの(と言って分かるのかな)とか、そういう子たちも言うんだ "Thank you." とね。パープルヘアーのモヒカン兄ちゃん、腕にはタトゥーがびっしり、革ジャンは安全ピンだらけ。流石にこいつは、、、って思ったけど、やっぱり言ったよ "Thank you."。可笑しくなっちゃうし、嬉しいし、可愛いよ。だから私も心の中で言ったよ "Thank you for saying thank you." ってね。

 次もバスなんだけど、「席を譲る」ってのがもう当たり前。バス停着いて、乗り始めたお客さんの中にお年寄りがいると、その人がまだ乗ってない段階で、若者がパッと席を立って後ろに移動する。お年寄りがバスの中に来たときには、目の前に空席がすでにある。お年寄りは当たり前のように座ると言うわけ。京王線でジイさんバアさん立ってるの気づかないふりして座ってる若者、いや馬鹿者って言ったほうがいいよね、そういうの何回も見てる。「オラオラ、気づいてんだろ。席譲れよ」って言いたいけど、そこまで度胸なくて、でも、親戚のバア様で「あんた、立ちなさい」ってずけずけ言う人いて、ま、私はまだ甘いね。話し逸れたけど、席譲るの、当たり前だよ。お年寄りは長く生きてるってだけで偉いんだし、体力的には大変なんだからね。車椅子の人、ベビーカーのお母さんなんかも同じ。そこんとこ、トライの子たちはわきまえて欲しいね。

 バスで隣の席は高校生くらいかな、ちょっと粋がってる感じの男の子だった。浅く腰掛けて足組んでるもんだから、スニーカーの底がグイッと私の方に伸びてて、態度悪いんじゃねって感じだった。ところが停留所で歩行機のじい様が乗り込んでくると、正確に言うと乗り込む前に、さっと席を立って、歩行機を横に置いてじい様が安心して座れるようにシートを直してやってた。じい様、当たり前の顔して着席。私は嬉しくなって、隣の若者に話しかけた。「君の今の行動は素晴らしいし、私まで幸せな気持ちになったよ、ありがとう」。若者は「いや、別に、、、」みたいな顔してる。「こう言うのは学校で習うの、それともご両親から言われてるの?」。「そんな、別に、、、フツーっすよ、、、」なんてやりとりしたんだ。

 カナダでは、知らない人に話しかけるのも珍しくないんだ。毎朝バス停で会う人には自然と Good morniong. と言うようになるんだ。どちらが先ってのは大した問題じゃなくて、お、この人よく会うな、、、で目が合うとニコってして Good morniong. なんだな。道ですれ違う人なんかも、目が合うとニコッとするか簡単な挨拶。ハンバーガー食ってるオヤジの近く通って偶々目があっただけなのに、オヤジ、親指立てて「美味いぜ!」なーんてやってて、別にこっちは味なんか聞いてないんだけどね。何だか、みんなフレンドリー、心が大きい。ゆったりしてる。

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町中にも公園にも大きな木が多い。歴史の浅い国だから、昔からのものを大切にするんだろうな。それに比べると東京は、、、そうか、東京は空襲でやられちゃったっていうのがあるからね。公園で「ちょいとオニイサン、私たち盛り上がってんだから写真撮ってよ」って呼び止められてパチリ、ついでに私も入れてパチリ。

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左から ①SSLCの先生。町中で出会う兄ちゃんのタトゥーを撮りたかったのだが、この人はこの人で、ま、なかなか日本じゃありえないノリだよね ②州議会は女性の比率が高い。そういえばジュンコさんが断言してたなあ「日本は女性がもっと社会進出しないとダメです」ってね ③学校の帰り道の風景。カナダの国土は日本の約30倍近いとか ④一次・二次世界大戦の戦没者を悼むリメンバランスデー(戦没者記念日)にて。戦没者を悼むってのは、国民いや人間として、当たり前のことだよね。日本は「合祀問題」とかあって、まともにお参りもできないなんて情けないと思うよ

 

 

(19) 「違うこと」と「同じこと」

 カナダと日本を比べてみると、「違う」ってのはいくらでも挙げられる。

●朝起きて外出前にシャワーを浴びる。カナダの男の人は、ヘヤークリームとかワックスみたいのを使わない。身だしなみのきちんとした人(少数派)でも髪は洗いっぱなしだって。ウォルマートなどで男性用化粧品探したけど、確かにその手のものは見当たらなかった。代わりに髭剃り関係やらあったけどね、毛むくじゃらのやつ多いから。

●トイレットペーパーをつける「向き」が日本では座ってる人の方に向いているけど、カナダではドアの方向いている。隣との隔壁の下30センチが空いてるから、隣人の様子がモロ分かる、ってことは向こうもこっちが分かる。ドアも隙間が空いてて、切羽詰まって待っているのにスマホいつまでも見てるやついて、腹が立ったり腹押さえたり、、

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これに慣れれば君もいっぱしのカナディアンかな

 ●授業中も飲食OK。トイレなんかも、先生に断らずに勝手に行ってる。昨日はややアレ気味だったので、行こうかどうしようか、授業中ずっと迷っていたんだ。我慢できるかというのと、やはり日本人だから先生に何も言わずに教室出るってのが何となく引っかかってね。結局、行かなかった。でも何事も経験だから、今度はあまり切羽詰まってなくても、一度試してみるよ、授業中のトイレ行き。

●名前はみんなファーストネームで呼び合う。私もキヨシって呼ばれてる。ガキンチョにキヨシって呼ばれると、最初は少し抵抗あったけど、あっという間に慣れた。もっとも、日本人はキヨシさんって言うな。「さん」付けで言う先生もいたけど気を遣わしちゃってるみたいで、「さん」無しの方が馴染んで来たな。

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議会での女性の進出は日本のウン倍/タトゥーは珍しくないけど、こちらは絵柄も人もちょっとレアかな/自転車専用レーンが設けられてる、危険と思うけどね/珍しく火事。カナディアンは大して関心示さない。騒いでるの私だけ

●授業が終わると、半分くらいの生徒はテキストを自分の席に置きっ放し。先生も同様。成績表も机の上にオープン状態になっていて、休み時間なんか、みんな勝手に見てる。トライもタイヘンにおおらかだったけれど、そんなもんじゃないよ。悪い点数取ってもへっちゃらみたいに考えているのかなあ、、、

●信号のない横断歩道で車の途切れるのを待っていると、必ず止まってくれる。素晴らしいよ、これは。逆に、赤信号でも車が来なけりゃみんな渡っちゃう。これ、英語でジェイウォーク jay walk と言うんだよ。雨降りでも傘をさすやつがほとんどいない。小雨なら分かるけど、本降りでも平気で濡れて歩いてる、女の人もね。「この程度じゃ大丈夫。へっちゃらだぜ」みたいな感じ。タフで強いことが重要な価値観になってるんだろうな、女の人もね。そう言う感じの女の人が確かに多いし。

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「みんなで渡れば、、、」ではなく、個人の責任において、、、って感じのジェイウォーク/自転車レーンは実はスケボーもOK。みんな上手くてかっこいい。

●温度を感じる肌感覚がカナダ人と日本人では根本的に違うんじゃないか。そう思いたくなるくらい、みんな、とんでもなく薄着なんだ。11月の夜、私は厚手のダウンジャケットを羽織ってたんだけど、金曜の夜ってこともあったんだろうけど、腕・肩・胸上部丸出しで、これだけでもすごいのに、さらにヘソ出しの女の子が肩で風切って歩いてた。アレで風邪ひかないっての、すごいし羨ましいよね。

●街を歩いてる人の様子。スーツにネクタイなんて男は滅多にいない。ほとんどの人が普段着。しかも、結構汚れてたり擦り切れてたりしてる。女の人のスカート率は10%くらいか。半数以上の人がタイツ、今はレギンスというのかな、アレを履いている。スタイルのいい子は見てても(ジロジロは見てないよ)様になってていいんだけど、百キロ級がレギンスだと最初の頃はどどっときた、今は慣れたけど。そもそも体型が違うよね。お尻がボンと後ろに突き出ていて、雪が降ったら積もりそう。それと、女の人がみんな外股で歩く。背筋がピンと伸びているからかっこいいよ。 脚とかお尻とかヘソとか、ほんとは撮りたかったんだけど、ユイに「キヨシさん、それ以上やると盗撮ですよ」って言われて気持ちがめげた。

 

 やはり外国だな、文化が違う、人種が違うと感じざるを得ないんだけどね。ある晩、アレンのことについて、キャリアナと話し込んだことがあった。彼女は今、年老いた父親にどのように対していいか悩んでいた。私の両親はすでに二人とも他界しちゃっているけど、キャリアナの抱えてる問題が難しいってことはよく分かる。そして、涙をポロポロ流しながらとりとめなく話すキャリアナの顔見てるとね、人間、本当にみんな同じだなーって、つくづく思うんだよ。



 

(18) 若い人たちに交じって勉強すること

 最初はそれこそ右も左も分からない外国暮らしだった。なんとか勉強が順調に始まり(どれだけ身についたかは別問題だけどね)、ホームステイの生活にも慣れてきた。あの店のカレーは安くて美味いとか、30番のバスが来ないときは31番のバスに乗ってどのバス停で降りればいいとか、日常生活の要領も少しずつよくなてきた。道、バス、テスト、買い物、料理、パソコン、スマホ、レンタカー、歯医者、美味いビールのブランド(この情報は重要だ)、どの川に行けばどんな魚が釣れるか(これはさらに重要)、、、みんな誰かが教えてくれた。誰かに支えられ励まされてやっとここまで進んで来たんだと気づいた。

 

SSLCの実質的な事務局長(と私が勝手に思ってる) ジュンコさん。若い時はヨーロッパを股に掛け(今でもお若いです、ハイ)、ビクトリアに来て幾星霜(そんな長くないか)。中国人の旦那さんと結ばれ、現在は三人の子育てに奮闘中。さらにその上、SSLCの事務を切り盛りし、、、ジュンコさんに出会わなかったら、私の英語の勉強は成り立たなかったと思う。「なんでも相談してくれ」って言ってくれるから、そのまんま受け取めて、勉強のこと以外も、なんでも相談した。すると、大きな声で高らかに笑って、全ての問題はノープロブレムになる、あるいはノープロプレムになったと感じさせてくれる。自分のことは後回しにして、すべてを受け入れ肯定し前に進めるのがジュンコさんなんだ。例えて言うなら、外国で観音様に出会ったみたいな感じ(若い人にこの例えは通じませんね)。60いくつにもなるオッサンが若い人たちに交じって勉強するのって、最初はどうなることか想像もつかなかったけれど、案ずるより産むが易し、歳の差が却って面白かったかも。これもジュンコさんお陰です。「アラスカの準備とIELTSテストの準備とどっちが大事かな」って聞いたら「そんなん、アラスカに決まってますよ、ガハハハ」。もし誰かに「いい留学先教えて」って言われたら、私は迷わず「ジュンコさんとこ行きな」って言うよ。

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母の日のスピーチで感激の涙のジュンコさん。外国にいると、人情みたいなものが逆にストレートにハートに届くみたいなところがあるのかもしれないね/「キヨシさんのその行動力がすばらしい」ってジュンコさんに言われたけど、いやいや、ジュンコさんの行動力の足元にも及びませんです

SSLCのIELTS担当の先生バーニー 私には本当はTOEFLTOEICの方が向いているのにIELTSクラスにしたのはバーニーの授業が面白いから。バーニーの目を見てると、彼が生まれ育ったハイダグアイという島の人気のない浜辺の様子が見えてくるように感じるよ。聞き取りやすい穏やかな口調で、興味深い話が尽きることなく出てくる。バーニーは我慢していることもあると思う。だって、生徒たちにはできの悪いの、チャランポランなの、遅刻常習犯、休んでばかりのやつ、バーニーの授業の奥深さを理解しないやつ、いろいろいるからね。でも、バーニーは余計なこと一切口にしない。「言わない」っていうことの重さを彼は知っているよ。そう言えばこんなこともあった。私だけテストの点数が超ドツボでどーーーしようもなく落ち込んでいた時、バーニーは何となく近くに来て、私の好きそうなこと、ハイダグアイのトーテムポールとか、人が住む中でもっとも寒い北極圏の町の話とか話してくれた。

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「テストの点数上がったから記念の撮影」って言ったらポーズをとるバーニーの不思議なノリ/最後の挨拶で「キヨシは我々に『人生はいつだって楽しくやれるんだ』ってこと教えてくれたよ」って最高の言葉をもらったよ


 外国にいると、自分は今一人ぼっちなんだなあとしみじみ感じる時は確かにある。でもね、それだからこそ、自分がいかに周りの人たちに支えられているかってのが分かる。人は人の中でしか生きられないということに気づかされる。人は人に "どこかで" なんてものじゃなくって、それこそ支えられまくられている。文化が異なるからこそ、人にとって一番大切なのは人だってことが、まるであぶり出されるみたいにはっきりと見えてくるんだ。「若い人たちに交じって」とか「歳の差」とか、そんなのを気にすること自体、実に小さいことだよ。再度例えて言うなら、「お迎え」が来る行列の前の方に並んでるのが私で、若い人たちは後の方。でも、結局みんな並んでるじゃんって感じかな、ガハハハハハ!

(21) ロール・オーバー 「日本の英語教育」!

 今回はちょっと真面目に「日本の英語教育」について。今まで受験英語をウン十年教えてきた者として、ひとこと言いたい、あるいは言うべきだと思ってる。ただし、私が日本の英語教育を批判的に述べたからといって、ダレカサンが英語の勉強をサボっていいという理由には全然ならないということ、それ、忘れないどいて。

 

 私が教えてきたのは文法中心のいわゆる「受験英語」で、高校に合格するために必要だから教えてきた。志望校のレベルに従って、この単語は覚えなくちゃいけないか、この文法事項は理解しとくべきか、長年やっていたから分かる。だけどカナダに来て、受験に縛られた日本の英語教育がいかに時代から取り残されたものか痛感した。韓国や中国に対しても遅れをとっていると思う。流石に「日本もこれじゃイカン」と思ったのか、ここ十年くらいで受験英語も学校で教える英語も少し変わってきたけれど、ぜ〜んぜん生ぬるい。遅い。今のままだと日本は国際社会で置いてきぼりになる。日本の将来のために、痛みの伴う改革を少しでも早く実現しなくちゃいけないとつくづく思う。基本理念は「実際に使える英語を身につけさせるための英語教育の実現」ということだ。

●「これが正しくこれは間違い」という「テスト問題のための英語」から「こういうのもあり、、、」という指導に転換する。受験では何が◯で何が✖️かをはっきりさせなくちゃいけない。それがダメ。現実の英語とずれてくる。

●「正しい発音」から「通じればOKの発音」に転換する。発音についての考え方を変えるのも重要。「アメリカ人やイギリス人の発音が正しくかつ美しい」という考えが日本人の白人コンプレックスの大元にあると思うし、そんなこと言ってるから話せなくなる。中国や韓国の人たちは「発音なんか気にしてたら、言いたいことも言えなくなるよ」みたいに考えてる。国々で発音は少しずつ違っていい、それで伝わればね。英語と米語の2つに分かれても大して問題なくやっている英語は元々柔軟性のある言葉だったのに、日本の受験英語はそれを文法でがんじがらめにした。ちなみに often(しばしば) はカナダでは「オフテン」て言ってる。先生に質問したら、「うーん、どっちでもいいじゃない」って感じだった。

●「聞く・話す」を「読む・書く」よりも先行かつ優先する。高校・大学の入試でも「聞く・話す」の比重を50%にする。受験が変わらないと英語教育は変わらないからね。中学で30%、高校で50%語彙を増やす。

●英語の先生の採用基準を「聞く・話す」優先型にする。現在の英語の先生を、「聞く・話す」英語ができるかどうかで選び直すくらいの荒治療が必要かも知れない。広く海外から人材を集めるのも大事。本格的な「読む・書く」の勉強は次の段階でやれば十分間に合う。

 

 こちらの日本人の何人かに聞いてみたけど、異口同音に「日本の英語教育はひどい」って言うよ。海外に出てそれを実感し、間違った英語教育の自分たちが犠牲者だったって初めて気付くんだと思う。資源がない日本を支えているのは「人」だし「人」を作るのが「教育」だ。その肝心の教育の中の英語教育だけが度し難いほど遅れてしまっているし、実害はこれから表に出てくるだろう。私は日本が大好きだよ。だから声を大にして「日本の英語教育、このままじゃダメ。一刻も早く変われー!」っていう話でした。

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バーニーの授業は「明るく・のびのび・ザックバラン」そのものだったよ。リスニングの点数が上がったらユーコン(カナダのアラスカみたいなとこだな)の本くれたり、カリキュラムは一応壁に貼ってあるだけで、授業中いくらでもおしゃべりできる。バーニー、マラソン大会に参加して完走記念のメダル下げてご満悦。大会翌日に欠勤するとこがいかにもカナダ流だな。たまにホワイトボードに意味深いこと書くけどほとんど説明しない。興味のある人、分かる人に分かってもらえればいいってスタンス。そこがまたいいね。

  最後に、今回のタイトルについて。今からウン十年前、ビートルズがロックンロールの名曲「Roll Over Beethoven=ベートーベンをぶっ飛ばせ※」ってのを歌った。謙虚さのかけらもない曲名は当時の若者のエネルギーの強さそのものだ。今の若者にこういう無鉄砲さがないのはちょっと残念だぜ。

※roll overは本来は「転がす、ゆり起こす」などの意で「ぶっ飛ばす」ってのは訳詞者が考え出した一種の意訳。